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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)2869号 判決

原告 高須運輸株式会社 外一名

被告 大紀鉱業株式会社

主文

被告は原告高須運輸株式会社に対し金四十万円及びこれに対する昭和三十一年五月十二日から完済に至るまで年六分の割合による金員を、原告筒井産業株式会社に対し金十四万八千八百九十三円八十八銭及びこれに対する昭和二十八年六月二十六日から完済に至るまで年一割の割合による金員を各支払うべし。

原告筒井産業株式会社のその余の請求は棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告等勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

原告等訴訟代理人は被告は「原告高須運輸株式会社(以下高須運輸と略記する)に対し金四十万円及びこれに対する昭和三十一年五月十二日から完済に至るまで年六分の割合による金員を、原告筒井産業株式会社(以下筒井産業と略記する)に対し金十五万円及びこれに対する昭和二十八年六月二十六日から完済に至るまで年一割の割合による金員を各支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする」との判決竝びに仮執行の宣言を求めその請求の原因として、

(一)、被告は昭和二十八年二月四日原告筒井産業に宛て金額四十万円、支払期日同年四月二十日、支払地東京都中央区、支払場所横浜興信銀行東京支店、振出地同都千代田区なる約束手形一通を振出し原告筒井産業は日新運輸倉庫株式会社(以下日新運輸と略記する)に、同会社は原告高須運輸に順次右手形を白地裏書の方法により譲渡した。

(二)、ところが原告高須運輸は適法な期間内に支払のため右手形の呈示をなさずその後被告に右手形の支払を求めたがこれを拒絶された。しかして日新運輸は原告高須運輸の要求により右手形を買戻したうえ被告を相手方として東京地方裁判所に右手形金請求の訴を提起したが右の場合買戻により手形上の権利を取得するいわれがないとの理由で敗訴の判決を受けた。(同庁昭和二十九年(ワ)第五二六三号事件)

(三)、そこで原告高須運輸は昭和三十一年二月二十四日日新運輸から右手形の返還を受けこれが正当な所持人となつた。

(四)、次に原告筒井産業は昭和二十八年四月二十日被告に対し金十五万円を返済期同年六月二十五日、利息日歩四銭の約で貸付けた。

(五)、よつて被告に対し、原告高須運輸は本件手形金四十万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日たる昭和三十一年五月十二日から完済に至るまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求め原告筒井産業は本件貸金十五万円及びこれに対する返済期の翌日たる昭和二十八年六月二十六日から完済に至るまで約定利率の範囲内たる年一割の割合による遅延損害金の支払を求めるものである

と述べ被告主張の抗弁事実を否認し立証として甲第一号証、同第二号証の一、二、同第三号証、同第四号証の一、二、同第五号証を提出し証人金井博、同竹内繁清の各証言竝びに原告筒井産業代表者本人尋問の結果を援用し乙第三、四号証の原本の存在竝びに成立を認めその余の乙号各証は不知を以て答えた。

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め答弁として、

(一)、原告等主張(一)、(二)の事実は認める。同(三)の事実は不知。仮に原告高須運輸がその主張の手形の返還を受けたとしても同原告は次の理由で右手形の正当な所持人ということができない。すなわち、

(1)、右手形は支払のため適法な呈示がなされなかつたものであるから日新運輸には遡及義務がなく同会社において右手形を買戻してもその所有権を取得することがあるに止まり手形上の権利を取得するいわれがない。従つて原告高須運輸が日新運輸から右手形の返還を受けても手形上の権利の移転を伴わず手形の所有権を取得するにすぎない。もつとも右手形には日新運輸のなした白地裏書が残存するけれども右裏書はもはや手形上の権利の所在を表示するものではなく実質的には無意味な記載である。

(2)、また右手形は満期以後において原告高須運輸から日新運輸に、同会社から原告筒井産業に順次受戻されたが原告筒井産業は被告から原因関係不存在の抗弁を以て対抗されることを虞れ右手形を日新運輸に返還し同会社は被告に対する手形金請求の訴に敗訴したので右手形を原告高須運輸に返還した。いわば手形が一旦下流から上流に逆流し再び下流に戻つた関係にあるところ逆流中の手形をその交付だけで下流に戻すことが許されるとすれば手形は上流、下流の間を何度となく往復し得ることとなりその不当なことは明らかである。

(3)、のみならず原告高須運輸が日新運輸から右手形の返還を受けたのは本件提起のため権利移転を仮装すべく手形を借用したにすぎず両者の通謀による虚偽表示であつて無効である。

従つていずれの点からしても原告高須運輸は実質上の権利者ではないのである。

(二)、次に原告等主張(四)の事実中現実に授受された金銭の額の点竝びに利息の約定の点を除くその余の事実は認める。原告筒井産業と被告との間において消費貸借の目的として現実に授受された金銭の額は金十四万五千八百六十円である。利息の約定が存した事実は否認する。しかして原告筒井産業は前記手形を日新運輸に裏書譲渡して同会社に対する右手形金額相当の債務の支払を免れたが元来右手形は被告が更級工業株式会社に対する石炭購入前渡金の支払のために振出したものであつて右手形に受取人として記載のある原告筒井産業と被告との間にはなんら手形授受の原因関係はなかつた。従つてもし日新運輸から右手形を取得した原告高須運輸の本件手形金請求の訴につき被告が敗訴するときは原告筒井産業は被告の財産により法律上の原因なくして利得し被告に損失を及ぼすことになる。よつて被告は本訴において原告筒井産業に対する右手形金四十万円と同額の不当利得償還請求権を以て同原告主張の借受金債務と対当額につき相殺するものである

と抗争し立証として乙第一乃至第五号証を提出し証人加賀屋光也の証言竝びに原告筒井産業代表者本人尋問の結果を援用し甲第一号証、同第四号証の一の表面部分、同第五号証の各成立を認め甲第四号証の一の裏面部分竝びにその余の甲号各証は不知と答えた。

理由

被告が昭和二十八年二月四日原告筒井産業に宛て金額四十万円、支払期日同年四月二十日、支払地東京都中央区、支払場所横浜興業銀行東京支店、振出地同都千代田区なる約束手形一通を振出し原告筒井産業が日新運輸に、同会社が原告高須運輸に順次右手形を白地裏書の方法により譲渡したことは当事者間に争がないところ成立に争のない甲第一号証、証人金井博、同竹内繁清の各証言によれば原告高須運輸は現に右手形を占有し右手形には日新運輸のなした白地裏書が存することが認められる。従つて原告高須運輸は右手形の適法な所持人と推定される。

もつとも原告高須運輸が適法な期間内に支払のため右手形呈示をなさずその後被告に右手形の支払を求めたがこれを拒絶されたので日新運輸が原告高須運輸の要求により右手形を買戻したうえ被告を相手方として東京地方裁判所に右手形金請求の訴を提起したがこの場合買戻により手形上の権利を取得するいわれがないとの理由で敗訴の判決を受けたことは当事者間に争がなく原告筒井産業代表者本人尋問の結果により真正に成立したものと認める乙第一号証、原本の存在並びに成立に争のない乙第三、四号証、前記各証人の証言を併せ考えれば右手形は前記訴の提起に先立ち日新運輸から原告筒井産業に一旦交付されたが再び日新運輸に返還され越えて昭和三十一年二月頃更に日新運輸から原告高須運輸に返還されたものであることが窺われる。しかして被告は右手形は支払のため適法な呈示がなされなかつたものであるから日新運輸には遡及義務がなく同会社において右手形を買戻してもその所有権を取得することがあるに止まり手形上の権利を取得するいわれがなく従つて原告高須運輸が後日右手形の返還を受けても手形上の権利を取得し得るものではない旨を主張する。しかしながら手形の裏書人が裏書前に有した地位を回復するには手形所持人との合意により裏書の撤回をなして手形を受戻す方法によることももとより可能であつて遡及義務がないのに手形を受戻したような場合には手形が権利と証券との合一的存在たることに鑑みると手形の所有権のみが譲渡されたものと認むべきではなくむしろ特段の事情がない限り手形上の権利も同時に移転されこれに伴い裏書の撤回の合意があつたものと推認するのが相当である。唯この場合には遡及の条件を缺くから前者に対し再償還の請求をなし得ないのみならず手形の権利者としての形式的資格のためには償還者の場合と異り裏書の抹消をなすことが必要であると解されるのである。しかるに手形が裏書の撤回の合意のもとに一旦裏書人に受戻されながら裏書の抹消がなされず再びその後者に返還されたときはどうかというとこの場合にも前同様の考え方から特段の事情がない限り手形上の権利が移転されこれに伴い裏書の撤回の合意が更に合意により撤回されたものと認めるのが相当である。本件の場合につきこれをみると前記手形は遡及の条件を缺くのに一旦(1) 原告高須運輸から日新運輸に、同会社から原告筒井産業に順次返還されたが裏書の抹消なくして再び(2) 原告筒井産業から日新運輸に、同会社から原告高須運輸に順次返還されたものであるところ証拠上特段の事情も認められないから右(1) 、(2) の各場合を通じ手形の交付と同時に手形上の権利が移転されるとともに各当事者間において右(1) の場合には裏書の撤回の合意が、右(2) の場合には右合意を撤回する旨の合意が各成立したものと認めるのが相当である。従つて被告の前記主張は理由がなく原告高須運輸は実質的にも手形上の権利を有し形式的資格にも合致するものといわなければならない。被告は本件の場合いわば手形が一旦下流から上流に逆流し再び下流に戻つた関係にあるところ逆流中の手形をその交付だけで下流に戻すことは許されない旨を主張するが右主張はなんら根拠のない考え方であつて採用するに足りない。次に被告は原告高須運輸が日新運輸から本件手形の返還を受けたのは通謀による虚偽表示である旨を主張するが右主張事実を肯認すべき証拠はない。

それならば被告に対し本件手形金四十万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日たること記録上明らかな昭和三十一年五月十二日から完済に至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求める原告高須運輸の本訴請求は正当としてこれを認容しなければならない。

次に原告筒井産業と被告との間において昭和二十八年四月二十日右原告が貸主、被告が借主となり金十五万円を同年六月二十五日返済の約で貸借すべき旨の合意が成立したことは当事者間に争がない。しかして成立に争のない甲第四号証の一、証人加賀屋光也の証言(但し後記措信しない部分を除く)、原告筒井産業代表者本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を綜合すれば原告筒井産業は右合意に基き被告に対し被告の同年四月十八日附振出、金額十五万円、支払期日同年六月二十五日なる約束手形一通の交付と引換に右金額から日歩四銭の割合による右手形振出日から支払期日まで六十九日分の金額を控除した残金十四万五千八百六十円を小切手により貸渡したことが認められ右認定に牴触する証人加賀屋光也の供述部分は措信しない。そうしてみると特段の事情がない限り右貸借の当事者間においては日歩四銭の利息の約定が成立し且つその前払がなされたものと認めるのが相当であるが右利息の約定は旧利息制限法所定の制限を超過し該超過部分については適法に利息の前払があつたものとして消費貸借の要物性が充足されたものと解し難いので現実に授受された金銭の額たる金十四万五千八百六十円が元本から右約定利率を旧利息制限法所定の制限内に引直した年一割の割合による利息を控除した金額となるべき元本の額を算出すると該金額が金十四万八千八百九十三円八十八銭であることは計数上明らかであるから右金額につき消費貸借が成立したものといわなければならない。原告は金十五万円につき消費貸借が成立した旨を主張するが前記認定を出でて金銭の授受があつたことについてはこれを認めるに足る証拠がないから右主張は採用し難い。

そこで被告の相殺の抗弁につき判断する。被告は原告筒井産業は前記手形を日新運輸に裏書譲渡して同会社に対する右手形金相当の債務の支払を免れたが元来右手形は被告が更級工業株式会社に対する石炭購入前渡金の支払のために振出したものであつて右手形に受取人として記載のある原告筒井産業と被告との間にはなんら手形授受の原因関係はなかつたからもし被告が日新運輸から手形を取得した原告高須運輸に対し右手形金を支払うべき義務があるとすれば原告筒井産業は被告の損失において不当に利得する旨を主張し被告が原告高須運輸に対し前記手形金四十万円を支払うべき義務があることは前説示のとおりであるけれども仮に被告が右手形を振出すにつき原因関係がなかつたとしても原告筒井産業が右手形の裏書譲渡により被告主張のように日新運輸に対する債務を免れたことについてはこれを肯認すべき証拠がなくむしろ証人金井博の証言並びに原告筒井産業代表者本人尋問の結果によれば原告筒井産業は日新運輸から右手形割引の形式で梱包材料納入代金の前渡を受けたものであること、日新運輸は原告高須産業に対する傭車料債務の支払のために右手形を同原告に裏書譲渡したことが認められるから被告が右手形の支払を完了した事実並びに原告筒井産業が日新運輸に対する梱包材料納入の債務を免れた事実が加わらない限り原告筒井産業に利得が生じることはなくまた被告に損失が生じたものともなし難いところこの点については被告においてなんら主張立証をしない。のみならず前記手形の受取人たる原告筒井産業と被告との間には直接手形授受の原因関係がなかつたことはなるほど弁論の全趣旨に徴して明らかであるけれども被告が更級工業株式会社に対する石炭購入代金の前渡をなすため右手形を振出したものであることは被告の自認するところであり成立に争のない乙第五号証並びに原告筒井産業代表者本人の尋問の結果によれば更級工業株式会社は被告をして原告筒井産業を右手形の受取人として記載せしめ被告から右手形の交付を受けたうえ原告筒井産業に対する借受金債務の支払のために右手形を右原告に交付したものであることが認められるからむしろ被告の右手形振出並びに原告筒井産業の右手形取得にはそれぞれ原因関係が存したものであると考えなければならない。もつとも前出乙第五号証、証人加賀屋光也の証言によれば更級工業株式会社は被告から金額四十万円の右手形の振出交付を受けながら代金にして金十万円に満たない石炭の引渡をなしたにすぎないことが窺われるが右事実は特段の事情がない限り被告において手形の原因関係上直接の当事者でない原告産業に対抗するに由がないものといわなければならない。従つて被告が原告筒井産業に対し不当利得償還請求権を取得したという被告の主張は以上いずれの点からしても理由がなく右請求権の存在を前提とする被告の相殺の抗弁は排斥を免れない。

それならば原告筒井産業の本訴請求は被告に対し本件貸金十四万八千八百九十三円八十八銭及びこれに対する返済期の翌日たる昭和二十八年六月二十六日から完済に至るまで約定利率を旧利息制限法所定の制限内に引直した年一割の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容しその余を失当として棄却しなければならない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条但書を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 駒田駿太郎)

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